教員時代、「先生」と呼ばれるのも何となく違和感があったのだが、まあ8年もやってればそのうち感覚は麻痺してくるわけで、普通に「先生」と呼ばれていた。
しかし、8年間どうしてもできなかったのが、自分で自分のことを「先生」と呼ぶことだ。
(例:「先生はお前のことを考えて言ってるんだぞ」「とにかく先生に話してみろよ」など)
こればっかりはどうしても無理。おそらくあのまま教員を続けてても定年までずっと自分のことを「先生」ということはなかっただろう。そんなふうに確認しなくても最初っから先生と生徒だよと思ってしまう。

同じように、生徒のことをファーストネームで呼び捨てにするのも嫌いだった。というよりしなかった。同じ名字が2人いてやむなく、という場合くらい。それも演劇部の子とか。
別にそういう人がいても構わないし、けしからんなんて言うつもりもないのだが、なんて言うのかなあ、粋じゃないというか。

たとえば、僕の名前は「時次郎」だが、プライベートで僕のことを「時次郎」と呼べるのは数人だ。生徒がふざけていうこともあったが、一応「ふざけんなよ」とたしなめていた。
やっぱりファーストネームは特別だと思うんですよ。誰にでも呼ばせたりするのはもったいない。ましてや自分の一番大切な人が「時次郎」と呼んでいるなら他の人間にはそう呼ばせたくはない。

え?うちの奥さんがなんて呼んでいるかって?

・・・教えるわけないじゃないですか。