井口日記!

劇団ドリームチョップ代表のイグチが、演劇のこととか教育のこととか 奥さんのこととか何となくダラダラ書いてみたんですよ、 というスタンスの日記です。

2004年11月

・和平交渉の末

なんとか平和が訪れました。
ここ数日間の交渉団の血のにじむような努力の結果です。

講和条約締結のお祝いに、昨日は東急ホテルでディナー。
まあ、なごやかにおいしくいただいたわけですが。

帰りの車中。

奥さん「あっという間に12月やねえ」
井 口「そうだねえ」
奥さん「(キラーンと目を光らせ)クリスマスだね」
井 口「お、おぉ。」

その時、窓の外にはシャネルやティファニーの看板が。
食い入るように眺める彼女。

・・・頼むから前を見て運転してください。

・ヤバいです

ケンアクです。帰ってきてからロクに口もきいてくれない。
まあ、原因は私なんですが。

講和条約は結ばれるのでしょうか。
一刻も早い平和の実現が願われるトコロです。

・25才

きのう、うちの劇団員が25才の誕生日を迎えた。
で、稽古場でささやかなお誕生会をしたわけですが。

俺、25の時なにしとったかなぁ?

ちょっと思い出してみた。
25才の頃は、まだ前の劇団(110SHOW)にいて、キャラメルボックスの芝居とかをやってた。仕事は、3年目だからまだイキオイでこなしてた頃だなあ。
結婚なんて夢にも考えてなかったし、教員やめるのも想定外だったなあ。

だけど思うんですよ。けっこうがんばってうまいことやってるじゃないかって。

だってね、たった5、6年の間だっていろんな選択肢があるじゃないですか。あの時、こうしてたらどうなってただろう、みたいな。そんな中で今の自分を考えてみたら、けっこういい選択してきたんじゃないかなぁって思うんですよ。いろんな面でね。

・・・あー、なんか今日は書きづらいなあ。




あなたへ。


まずはとりあえず、ありがとう。
それは、あの時はイヤな思いもしたけれど。
そりゃあ、あの時はコンチクチョウと思ったけれど。

でも、一方的に、もういいや。

あなたのおかげで、今がある。
それは仕方がないけどほんとうなので。
ほんとうですよ。あなたに、
ココロヒソカに感謝だってしているのです。

・だめだぁ、こんなんじゃ。

今日は朝から快晴。かなり寒いけど気持ちいいくらい晴れ渡っている空。
こんな日はいろいろやりたいこと一気にこなしちゃる!と意気込んでいたのだが・・・

ちなみにどんなことを考えてたかというと。

「CD編集する」
「ちょっとめんどくさい電話(クレーム、のようなもの)を一本かける」
「卯辰山に写真を撮りに行く」
「遅れがちになってた脚本の直しを一気に進める」
「映画(遅ればせながら『笑の大学』)を観に行く」
などなど。

だけど、事はそんなにうまくはいかないんだなこれが。

CD編集しながら、電話をかける。
プルルルル・・・ガチャ。
井口「あの、○○○の件で電話させていただいたんですけど、担当の××さんはおいでますか?」
男性「ああ、その者は今日は休みです。」

ガクッ。

めんどくさいことが明日に延期されるのってめちゃくちゃ気分悪い。ちくしょー、出鼻をくじかれたぜ。こうなったら卯辰山へ出発だぜ、と思った矢先。

あ、洗濯するの忘れとった。

マジかよ、洗濯機回したら1時間やんなあ。でも回しっぱなしで出かけたら、シワシワになるしなあ・・・しゃーねえな、洗濯してから出かけよっと。
待つこと1時間。時刻は10時40分くらい。

よし、洗濯完了。干すぜ干すぜ、一気にな。
ベランダオープーン!

あ、曇ってきた。

そんなんありか。ある意味今日のメインイベントやったんに。大ショック。
しばし呆然とたたずむ。

さてと。
あーあ、台本の直しもする気にならんしなあ・・・ちょっとインターネットでも見るかな。
お、なになに。
「フリーランスに向いている人、向いていない人」
ほほう。えーっと・・・

「スケジュールの自己管理ができない人は向いていません。」

ばきゅーーーーん。
心臓を打ち抜かれました。

・有側さんのこと。

19日の朝に、かなざわ演劇人協会会長の有側末広氏が亡くなった。
本当に長年、地元の演劇のためにご尽力されてきた方なので、おそらくたくさんの関係者の方々がたくさんの思い出をお持ちだろうから、僕が何かを語るのも非常におこがましいと思いつつ、お通夜の席でお経を聞きながらつれづれと思い巡ったことを書き連ねてみる。

僕が高校時代に演劇部の大会に出ていた頃、有側氏は審査員をされていた。高校生が創った今思えばとても未熟な笑いを「こんなものは芝居ではない」とでもいわんばかりにバッサリと厳しく批評していて、僕らナマイキな高校生たちはひそかに「有側ジイ」なんて呼んでいた。

それから10年以上経って僕も少しは大人になった。有側さんとも何度か話をする機会があったりして、いつか一緒に芝居がしてみたいなと思うようになったのだが、4年ほど前に『春のうららの隅田川』(別役実氏作・中條薫氏演出)という作品で共演させていただいた。その時の有側さんは台本の自分のセリフの所に長い付箋を張り、それをちらりちらりとめくりながらセリフを覚えていた。そんな几帳面な姿とはうらはらに、本番ではひょうひょうとした自由な演技が印象に残っている。二人ともホームレスの役だったのだが、楽日なんかはほんのりお酒のにおいを漂わせ、「うわ、マジかよ。ほんまもんじゃないですか」なんて思ったものだ。

そんな人が、もういない。
なんだか信じられないような気もするのだけれど、「有側ジイ」はもういないのだ。

お通夜の会場は人があふれていて、若い人から年輩の方までたくさんの人が悲しみに沈んでいた。涙をこらえきれない様子の人も何人もいた。この人たちはそれぞれ故人との間にどんな思い出を持っているのだろう。


有側先生、長い間おつかれさまでした。心よりご冥福をお祈り申し上げます。


追記(ご遺族、関係者の方々へ):僕なりに精一杯心を込めて文章を書いたつもりですが、万が一失礼な点などございましたら、ぜひお知らせください。心よりお詫び申し上げるとともに、訂正あるいは削除させていただきます。
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